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現代アートとはなんぞや?
現代アートはみなさんほとんどわからないと思います。
自分が作っているものをアートと分類していいのか結構悩んでいて、最近本読んだり研究はしてますが、ぜんぜん現代アートはわかりません

これが現代アート!?落書きのようなドローイング作品を見かけて、さらに考え込んで、現代アートとはなんぞやとツイッターで発言したものを加筆修正してみました
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現代アートは「これは芸術か?」って思わせれば勝ちみたいな評価軸が重要(らしい)。とすると、某pixivのあれみたいに、何をやっても「それは芸術なのか?」と思わせた時点で、それは芸術として成立し芸術家の勝ちとなってしまう。しかし、現実には芸術と認定されない作品がたくさんある。

とすると「これは芸術か?」という評価軸ではなく、「これでも、芸術だ!」と思わせることが、現代アートと定義できる。しかし、芸術か否かという評価基準は絶対軸は当然無く、人の合意によって決まるのは明らか。もしかしたら定義されるのかもしれないが、それはまだ未来の話であろう。

つまり、芸術かどうかを決めるのは芸術評価者。評価者の基準は時代によって変わる。ということはつまり、芸術のラインを時代とともに拡大していくことが必要で、時代を持たせるためには、”現代性”というものをもたせたメッセージ性が現代アートには必要になる。

過去の芸術のラインを理解した評価者を相手に、「新しい芸術のラインを作るチキンレース」そのものが、現代アートという定義なのではないだろうか。

この定義にしたがって考えると、現代アートは「芸術とは何か」と評価している人と勝負していることになる。ということは、そんなラインを気にしたことのない一般大衆は、現代アートから置き去りにされるのは当然である。

また「評価者と勝負する」ことが定義な以上、「評価者の注目を集める」ことが勝負の土俵にたつ最低限の条件となる。それを行うには、たとえばKanjuが落書きを芸術と言い張るような、あてずっぽうで作られた作品は、たとえ偶然いいところを付いてる作品を作っても、それが評価される可能性は極めて低い。それは土俵にあがれてないので評価に値しないのである。過去の芸術とされたものの技術からだんだんライン際に近づいた作家の作品こそ、勝負していると認められるのではないか。つまり、過去の作品から、ライン際に到達するまでの加速度も重要なが、現代アートなのではないか。
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2012/09/30(Sun) | カード日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

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